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絵巻物『病草子(やまいのそうし)』(12世紀後半)の中に、口臭の女というタイトルの絵があり、歯周病に苦しむ女性の姿がおもしろおかしく描かれています。
高貴な身分の女性が歯を磨いているそばで、女官たちがたもとで口を覆って臭いをふさいでいます。

この絵の枕詞には
「髪や姿は美しいけれども、息の香りがあまりのもくさくて、近づいた男はいつも鼻をふさいで逃げてしまう。そばにいる人も臭くて耐え切れない。」
とあります。
要するに、口臭のために男に逃げられてばかりということ。

平安の昔から、洋服やお化粧にばかり気を取られて、歯とお口のケアをおろそかにしていると、知らないうちにチャンスを逃してしまうということですね。

江戸後期の有名な俳人小林一茶
「痩せ蛙 負けるな一茶 是にあり」の句で有名です。

この一茶、晩年は歯がすべて抜けてしまったようで、歯が抜けた不自由さをこんな一句にしたためています。

歯が抜けて あなた頼むも あもあみだ

歯が全部抜けてしまい、さすがに心細くなったのでしょう、「南無阿弥陀」と仏の慈悲にすがろうとしたが、「あもあみだ」としか発音できないという、ちょっとジョークの入った句。
今ならさしずめ総義歯(総入れ歯)だったんでしょうね。

昔は歯の痛みの原因が全くわかりませんでした。

もちろん現在のように歯医者もいなかったわけですので、歯が痛くなったときの人々の不安や恐怖は相当なものだったと想像されます。

そんなわけで、昔の人が歯の痛みに関してどのように考えていたかをちょっと垣間見てみましょう。

■中国の殷の時代
甲骨文字の中に、「王の歯を疾めるは、これ虫なるか、これ虫ならざるか」という意味のことが書かれています。
なんと、歯を食う虫がいたために、虫歯になると考えられていました。

■中国の隋の時代
「諸病源候論」の中に、歯を食う虫について「体長が6,7分で黒い頭」と具体的な大きさや色が書かれています。
しかし、これは歯の中の神経を虫だと思いこんでいたようです。

■西洋
メソポタミア文明で栄えたシュメール人の教典の中に、「虫の伝説」という項目があり、呪文を唱えれば歯を害する虫を殺すことができると記されています。
バビロン人は呪文を唱えた後、ヒヨスという植物の実を焼いて、虫を駆除したそうです。

■日本
虫歯の原因・正体は、明治時代になるまで全くわかりませんでした。
歯茎が痛み、腫れて熱を持ち、あごの周囲がまるで蒸されたようになるので「蒸し歯」だという説もありました。
治療もおまじないのようなもので、「急急如律令」と紙に書き、それを口にくわえて噛めば治る、あるいは、絵馬を奉納するなどでした。

明治初期には、コルゲート、ペプソデント(アメリカ)、ギブス(イギリス)、シトロエン(フランス)等の西洋処方歯磨が輸入されていました。
西洋処方歯磨の価格は小袋で一銭五厘、大袋で5銭位が平均(明治44頃)。

日本製はライオン歯磨が小袋三銭、大袋十銭位、福原資生堂の練歯磨が25銭位でした。

■練歯磨
明治時代の歯みがき
日本ではじめての練歯磨は、明治21年、福原資生堂(現在の資生堂)から初めて練歯磨が発売されました。この練歯磨は25銭とかなり高価なものでした。

フランスの有名な王様ルイ14世(1638~1715)。
「朕は国家なり」ということばで有名です。

この王様の侍医であるダカンは「歯が全ての病気の感染の巣である」という奇妙な学説を主張していました。一本でも歯がある限り何かの病気に感染するという説です。
ダカンはなんとルイ14世の歯をすべて抜いてしまいました
この時代は歯が痛くなったら抜く、悪い歯は抜くという考えはありましたが、ダカンはまだ痛くもない健全な歯まで全部抜いてしまったのです。

今のように麻酔やすぐれた器具もないわけですので、相当痛かったと思われます。ルイ14世はこの痛みに耐えたわけですから大変我慢強い人だったのでしょう。
おかげでルイ14世は歯痛に悩まされることはなくなりましたが、いろいろ困った問題が出てきました。

食べ物を噛むことが出来ないためにただ飲み込むだけでしたので、消化不良をおこし、毎日のように下剤を飲まされました。食べてはトイレに行き、そしてまた食べるという悪循環を繰り返しました。一日に十数回もトイレに行ったといわれています。
トイレに行くのが間に合わなくておもらしをしてしまうこともよくあったようです。
というわけで、ルイ14世は悪臭を振りまきながら歩いていました

それと悪臭の原因がもうひとつあります。
鼻の横のあたりに上顎洞という空間があるのですが、上の歯を抜いたときに、抜いた穴と上顎洞が通じてしまいました。食べたものが口の中から上顎洞に入り、口と鼻から絶えず悪臭がしていました。

家臣達はいつも香水をつけたハンカチで鼻を押さえながら国王と話をしたということです。
相手は王様ですから、ひとことでも臭いのことをいったらどんなことになるかわかりません。

ベルサイユ宮殿にいた貴婦人たちも、王のそばに近づくことを嫌がったようです。
特にキスされるときはその臭いで気絶するほどだったということです。

古墳時代から歯みがきの習慣があった形跡が残っています。
4~7世紀頃の人骨の発掘調査で、臼歯の外側の摩耗が発見されました。
これは楊枝や粒の粗い歯磨き粉で歯みがきをしていたことによるとみられます。

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「歯みがき」が記録として登場するのは、平安時代に中国医学の知恵を集大成し、天皇に献上された日本最古の医書「醫心方(いしんほう)」。

その中に、口腔衛生のついての記述があり、
・朝夕歯を磨けば虫歯にならない
・食事をしたときはうがいをすれば虫歯にならない
と書かれています。


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